ひぐらしのなく頃にというと基本的には‘蜩が泣く頃に’ってことになるが‘蜩の無く頃に’ということにもなれるし、‘ひぐらし’を平汎で日常的な毎日の暮らし、つまり‘日暮’と見なしたときには‘日常が死ぬとき’、または‘日常が殺されるとき’ということにも解釈できる余地がある。
 
ゲーム全波的に蜩の鳴く声が雰囲気の形成において重要な要素になってはおるが、楽しく日常を生きる各々のキァラクターの日常がとんな、ほんとに何でもない些細な誤解たちが交差され、上昇されるのよって壊され、砕け散る姿を描くことがゲームの主な内容ということを考えてみると‘日常が殺されるとき’の解釈もそんなに悪くは無いかなと思われる。
どうせタイトルが漢字を使ってないものでいろいろと解釈できるということがまた面白いところである。
 
出題編は鬼隠し編 - 綿流し編 - 祟殺し編 - 暇潰し編
解答編は目明し編 - 罪滅し編 - 皆殺し編 - 祭囃し編
の総8編で構成されるが一番最後の 祭囃し編を除くすべてのシナリオは互いの誤解と間違った情報、歪曲によって災いで終わる。
 
しかし、個人的に思うに竜騎士07さんが何よりも強調したかったことは祭囃し編では無かろうかなと思う。
前に出てくる7編のシナリオが一つ一つあまりにも強いインパクトを持っていてその重みからしてみれば祭囃し編に対等な感じがするかもしれないが、実はその7つのシナリオはすべて祭囃し編の為の仕掛けに過ぎないと思われて、その中でも核心は‘みんな’が各々のできるすべての努力を尽くして得られた結果だからこそそれが‘奇跡’という形で具現されるものではないか、と思う。
 
現実的面から考えてみて、ある事柄にかかわる‘すべて’の人間がその事柄に取り組むことはまず難しいのである。なぜなら人間というものは根本的に自由維持をもっている存在である為だ。
だが、それは確かに‘難しい’ことであって、不可能なことではなく、それはつまり失敗が確率的に試行されることであり、失敗が占めていない残りの確立は‘成功’が占めているということだ。そして99%以上の確立を失敗が占めている状況下での成功というものは‘奇跡’だと読める大前提が成立になるということである。
 
この前、確立に関する概念を全開するときにも言及されたことがあるわけだが、
あるストリームの中で流れる何かを掴みたけりゃ、手をその中に入れとくべきだ。それをつかめることのできる人みんなが一緒に手をストリームの中に差し込んで一生懸命に探そうという努力を尽くす時にこそ、どうしても掴みそうにも無かったそれが掴まえることになって、奇跡と言う名で呼ばれることができるようになる。
 
竜騎士07さんは実は奇跡の実現自体は舞台効果を上げるためだけの仕掛けとして活用しただけで、本当に話したかったことはみんなが互いを信頼し手を取り合うことこそどんなに大切なことであるか、が言いたかったのでは無かったのかと思うところである。
 
災いに終わる7つのシナリオでの各主人公たちはみんな相手への不信感を持っている。それは妄想から来たものであれ、精神病からであれ、極度の心的ストレスから来たものであれ、他人を信頼できず、自分ひとりだけで問題を解決しようとしてみんな悲劇的な結末に陥ることになるが、祭囃し編ではそんな悲劇的な結末で終わることもできた幾たびの危機状況をいつも他の誰かが手を差し伸べてくれていたおかげでそれに頼れて脱出する。やっとそのときになってからどう行動すべきかどたばたして果たしては機会までも逃すのではなく、絶対に僕の手が頼りになる時がくるはずだという確固たる信念を基盤でずっと差し伸べられていたすべての手をちゃんと頼ってあらゆる試練から逃される。
 
‘ひぐらし’のすべてのシナリオは IF の世界を描いていて、特に祭囃し編はその IF のなかでも極度の IF を追求したシナリオを展開してはいるが、結局それも‘シナリオ’という名の元に收斂できるひとつの IF にすぎない。つまり、それもとにかく‘可能な’ことであるということが話したかったんじゃないかということだ。
 
ゲームの中ですっと‘疑心暗鬼’って単語が出てきやがり、これはすべてのキャラクターに数万の理由で他人を疑わせる最初のネタとしての機能をしているが‘ひぐらし’の真のラストボスー、倒すべきの敵は鷹野でもなく、東京でもないまさにこの‘疑心暗鬼’という概念だったと思われる。
 
いつも心の中に入れておいてながらもすぐに忘れてしまいどこに置いといたかすっぽ抜けてしまう言葉。
 
‘信じる心は 力になって 魔法に変わる ’
 
久しぶりに探り出し、埃を払い落とし綺麗に拭いてみたら一番最初出遭った時に発していたその光輝を取り戻した気がして気持ちいい。
どうかな、取り戻したという言葉は似合わないかもしれない。
その光輝は最初から今まですっと光出されていたもので、疑心暗鬼に撮り憑かれていた僕がそのことに気づいていなかっただけなのだから。


삽입된 곡은 『ひぐらしのなく頃に解』ED `そらのむこう' , Vocal: 結月そら , Artist: dai 

閉じた目をそっと開いてごらん
감은 그 눈을 살짝 떠보렴
見渡せば暖かい光
둘러보면 따스한 빛이 비치고 있지
一人では出来ぬことばかりでも
혼자서는 할 수 없는 일들 뿐이겠지만
みんなが居ればきっと出来るから
모두가 같이 있으면 분명히 가능할거야

いつもの町並みいつもの声も
평소때의 풍경, 언제나 같은 목소리도
目に映る物全てがゆらぎ
눈에 비치는 것들 모두가 흔들려보여
手探りで一人で探していた
홀로 더듬어가며 찾고 있었던
解かるはずの答え
이미 알고 있을터인 대답
信じられずにまた迷い込む未来なら
믿지못하고 다시 방황하게 될 미래라면
僕は君にこの手を差し伸べられるから
나는 이 손을 너에게 내밀어 줄 수 있을거야

そらのむこうから呼びかける声
하늘의 저편에서 나를 부르는 목소리
どうか気づいてその顔上げて
부디 알아채고 네 얼굴을 들어줘
優しい世界を夢に描いた
바라던 세상을 꿈에 그렸던
あの場所に戻ろう
그 곳으로 돌아가자

ここに居るすぐそばに居るよ
여기에 있어, 바로 옆에 있다구
どんな時でも
언제 어느때라도
君のことを信じているよ
항상 너를 믿고 있을거야

そらのむこうまで広がる未来
하늘 저편에까지 펼처지는 미래
手を取り合って飛び立っていこう
같이 손을 잡고 날아가보자
笑顔で居たいとそう願ってた
웃는 얼굴로 있고 싶다고, 그렇게 바랬던
あの頃に戻ろうみんなで
그때로 돌아가자 우리 모두 함께
2007/04/22 03:11 2007/04/22 03:11

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